マイクを通して世界を観察する
柳沢 英輔
私は研究の傍ら、様々な場所や空間の音を観察、録音して、作品制作を行ってきた。そうした活動はフィールド録音とか、フィールドレコーディングとか呼ばれている。近年、録音機器がデジタルになって、小型・廉価化したこともあり、屋外での録音は容易になった。スマホで写真を撮るように、日常や旅先でその場所の特徴的な響きを見つけて録音するのである。例えば、同じ川の音でもじっくり聴くと、川底の形状や深さ、岩などによって流れが変わり、音も変化していることに気付く。また橋の下など周りに遮蔽物があると響き方が変わる。「ちゃぱ、ちゃぱ、ちゃぱ」、「ちゃぽ、ちゃぽ、ちゃぽ」、「ちゃぽっ、ちゃぽっ、こぽっ」。マイクを色々な場所において、ヘッドフォンでモニターしながら面白い響きがするポイントを探っていく。
フィールド録音をしていると、狭い空間や閉じられた空間の響きが面白いと感じるようになった。私が長年使用しているラベリアマイクと呼ばれる超小型のマイク(DPA4060)は、人間の頭が入ることのできないような空間や隙間に入れて録音することができる。例えば、港に転がっているパイプの中、雨の日に水が流れ込む排水溝などにマイクを入れてみると、空間の共振音が加わった独特の響きが聞こえる。聴いているうちに、自分が小人になって、世界の隠された秘密を見つけたような気分になる。
また人間には通常聞こえない音を録音することもある。例えば、ハイドロフォンといって水中の音を録るマイクがある。このマイクを使うと、川や海の中はもちろん、凍った湖で氷がぶつかる音、雪解けの音なども録音することができる。私の作品ではないが、あるCDでは、池の水生昆虫の音の世界を収録しているが、それはまるでシンセサイザーの音のような電子音響の世界である。またバットディテクターという超音波を人間の可聴域内に変換して聴くことができる装置を使えば、コウモリのパルス音や様々な虫が発する音、日常の様々な超高周波(アクセサリーなど金属がぶつかる音、摩擦音、照明や機械が発している超高周波など)を聴くことができる。他にも、個体の振動を録音するコンタクトマイクを使えば、様々な物体が振動する音を聴くことができる。例えば、風に揺れる橋の音などは場所ごとにそれぞれ特徴があったりして興味深い。
このようにフィールド録音をしていると、自分の身体が音の中に溶け込んでいくような気持ちになる。だから日常の色々な仕事に疲れた時は、マイクを持って一日どこかで音の世界を観察しに行きたくなるのである。
柳沢英輔(ゴング文化研究、音響人類学)
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