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【メルマガ第7回】声明は何を模倣したのか?(1)

声明は何を模倣したのか?(1)

桜井真樹子


 806年、天台宗が比叡山で開かれ、密教法要に唱えられる仏教讃歌の声明は、円仁の帰朝(日本に帰ってくること)847年より延暦寺で始められる。さらに時を経て、谷を一つ越えた大原に1013年寂源が声明に専念した道場「勝林院(阿弥陀堂)」を作り、追って1097年良忍が大原に入り「来迎院<図1>」を建て、声明の研鑽に励む。ざっくり言うと平安期の天台声明の流れはこんな感じである。よって現在、天台宗の声明は、正確には「天台宗大原流声明」と呼ばれている。以下は省略して「声明」と書く。



 こうして大原には、勝林院、来迎院の二つの声明道場ができた。二つの道場の周りには律川と呂川という川が流れている<図2>。


 来迎院を建てた良忍の声明トレーニングは、どんな感じかと言うと、来迎院の北を流れる律川をさらに東北に山を分け入ると滝がある。「音無しの滝」と名付けられた滝で、「ここは、良忍が滝に向かって声明を唱えていると、滝の音が同調して消えたことから『音無しの滝』と呼ばれています」という看板が立てられている<図3>。


 音無しの滝は、ダーッと豪快に流れる滝ではなく、ほどよく岩をつたいつつ、サワサワとピンクノイズのように流れる滝である<図4>。「ウォー!」とか「ワー!」とか叫んで勝負するような滝ではない。地声を鍛えたような音量とちょうどよい感じで混じり合う音量でもある。


 声明を始めて間もないころ、この看板の説明を見て、大きい声で声明を唱えて滝の音を消せるのかなぁと、唱えてみたりした。いやぁ、良忍は声がでかかったんだろうな、などとその程度の理解だった。

 その後、ノイズと溶け込む尺八の演奏とか、倍音を出す特殊発声や倍音を出す楽器と風の音など、自然と楽器の音、ヒトの発声との関わりを見てきて、声明もこのノイズと遊んでいたんだなぁと思えるようになった。

 そこでひさびさに音無しの滝に向かって声を出してみる。「作った声」つまり「歌手のような声」で歌うと、滝が声と同じ音高で聞こえてくる。そこで3人でド・ミ・ソとハモってみると滝もド・ミ・ソとハモる。いや、声明は声を作ってはいけないんだ、なんども師匠に言われてきたではないか。そこで、「声明の声」、つまり「作らない声」「地声」を出してみる。すると滝の音が同じ音高ではなく、滝の音のまま聞こえてくる。そう、滝の音の全部が声と響いているような。さらに「頭で響かせる声」は滝の音が頭に響いてくるのだが、さらに声明の声、「胸よりも下、胴体全体を響かせる声」にすると、身体全体と滝の音が共振して響いてくるようになる。宗教的にいうと、自分が滝となったような感じ。さらに言えば、自分が消えてゆくような感じ、自然に戻ってゆくような感じ。非常に神秘的で幸せな感じでもあるが、自身の消滅は「死」でもあり、「死」は恐れるものではない、という宗教体験でもある。

 これを、宗教実践家である良忍が体験しなかったはずはない。

 良忍の目指した声明は「不断念仏」で、阿弥陀経の言葉の一音節ずつに声明の長い節(メリスマ)を付けて唱える「引声阿弥陀経」を完成させた。「引声阿弥陀経」は、陰暦の8月11日から17日の7日間続けられる。実際に全部唱えると21時間。したがって7日間で唱え終わろうとすると1日3時間やなぁ、と天納傳中(1925〜2002、大原の実光院住職)が言っていたのを思い出す。

 さらに滝の音をずっと同化させるように声を出してゆくと、なぜか高周波がずっと聞こえ、それに集中すると自分の声も滝の音も気にならなくなるというか、消えてしまう。高周波というイメージは「光(テラヘルツ波)」とも繋がってゆく。そう光の中に入ってゆくような。