【メルマガ第11回】盲人と音楽の歴史から考える




渡辺 譲


 櫻井君とは高校の友人というよしみでポリゴノーラの神戸公演を手伝い、それ以来この楽器と場外ファンのような付き合いをしています。私は盲学校を退職後、盲教育と盲人の歴史をたどっていて、盲人と音楽、芸能とのかかわりがどこかでポリゴノーラの音世界とつながるかも、などと考えるのです。

 音、あるいは音楽は耳だけで聞いているのではありません。もう30年以上前、初めて参加した和太鼓の講習会は会場が聾学校の体育館でした。聴覚障害の生徒が和太鼓を演奏するのですが、音は空気の振動で、音楽は全身の表現なので、何も不思議なことではない。彼らと私が聞いている音は違うかもしれないが、それは和太鼓を楽しむのに重要な差異ではなかったのです。音のとらえ方はそれぞれに違っている。そこに分け入っていくのはとても興味深いことです。

 そもそも和太鼓を始めたきっかけは、盲学校で受け持っていた目の見えない子どもたちが、何かにつけて机をたたいたからでした。嬉しいとドコドコ、悔しいとバンバン。自己表現として音を出す。先天的に目の見えない子どもたちはとても音に敏感です。しかし、目の見えない人は耳がいい、というのは誤解です。電車好きだったA君は音で電車の型番が分かりました。テレビの中の電車が走っている場所まで聞き分けたこともあります。A君になぜわかるか尋ねると、時刻表や車両の知識などたくさんの情報と経験で裏打ちされているようでした。もともと私たちも視覚や聴覚といった単独の感覚で外界をとらえているわけではありません。「耳」だけで言えば、音楽的な訓練を受けた人の方が、視覚障害者集団より音叉の音の高低をよく聴き分けたという実験結果もあります。しかし目が見えなければいっそう聞くことに集中し、音を中核に世界を捉えていると思われます。このような音に対する高い集中力と、時に卓越した感覚が、古来盲人と音楽の特別な関係を築いてきたといえるでしょう。

 この関係はそれぞれの時期、それぞれの事情の中で、盲人にとって過酷な生き方を強いるものでした。瞽女の芸も、竹山の三味線も、彼らの生涯と切り離すことができません。そこに普遍的な価値があるのなら、それはどのように継承されるのか。また、視覚障害当事者である盲学校の生徒にどう伝えるのか。考えさせられます。日本の伝統芸能の中で盲人が担ってきたものについては、いろいろな取り上げ方がされていて、そこに何らかのかたちで現在の障害者観が投影されます。最近では小林ハルさんをモデルにした映画『瞽女GOZE』が完成したのですが、コロナの影響でいつ上映されるのかわかりません。今は待つばかりです。


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