【メルマガ第13回】日本人の音間隔(1)




櫻井 直樹


ドイツの物理学者ヘルムホルツ(1821~1894)は著書「音感覚論」での中で、『人はなぜ和音を心地よく感じるか』について述べています。これは、「音の感覚」を初めて物理学の観点から説明した本で、イギリスの数学者アレクサンダー・ジョン・エリス(1814~1890)によって英訳されました。エリスは訳本の付録として、いろいろな国の音階についての資料を付けました。そこにはインドネシアのガムランや、日本の箏や琵琶はドレミの音階を持たないことが書かれています。アラブ諸国の音階もまた、ドレミではありません。「ドレミファソラシド」はおよそ2600年前にピタゴラスが作ったものですが、それが日本に入ってきたのは明治以降のことです。

音弦楽器を鳴らしたとき、耳に感じる音だけでなく、より高い音が数多く同時に出ていて、その並び(音列)は規則的です。これらは、はっきりとは人には聞こえませんが、その一つ一つの音の強さの違いが、音色の違いとして感じられます。自然界でもたくさんの音が同時に出ますが、弦とは違って並びは不規則です。それで、「風の音や虫の声」と「ピアノやギターの音色」とは別の響きを持っている、と感じるのです。ピアノやギターの音は自然の音に比べるとクリアに響きます。ところが、日本に古くからある琵琶は、弦楽器なのに澄んだ音がしません。三味線は中国が起源で、その後日本の音楽に合わせて改良された楽器です。3本の弦のうち一番太い糸を弾くと「さわり」という部分に弦が当たり、ビリビリと響きます。伝統的な日本の音楽には、あえて澄んだ音を取り入れなかったかのようです。

雨の降る音、竹林を吹き抜ける風の音、滝の音、鳥の声、虫の音などは、すべて不規則な音の並びでできています。古来、日本人はこのような自然界の音に敏感で、題材にした俳句や和歌がたくさんあります。

 古池や 蛙飛び込む 水の音(芭蕉)

  

 ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる(後徳大寺左大臣)

  

 夜をこめて 鳥の空音は 謀るとも よに逢坂の 関は許さじ(清少納言)

ポリゴノーラは自然界の音と同じく、聞こえる音より高い音が不規則に出ている楽器です。琵琶や三味線とは違い、個々の音の響きは澄んでいて、同時に出ている高い音の並びが不規則なのです。明らかに弦楽器の音色とは違います。

教会音楽のような西洋の音楽がドレミの音階で作られているのは、その明解さからだけではなく、音の持つ澄んだ響きが「天上の音」を再現するのに適していると感じたからかもしれません。一方、西洋以外の国では、自然界の音に近い音を好んで音楽を作ったのかもしれません。

 自然界から聞こえてくる「不規則な音」からは、ドレミの音階は生まれません。それでは、自然界の音で音楽を作るには、ドレミとは違う音階を作らねばならないのではないでしょうか?自然界の音をもとにすると、どんな音階ができるのでしょうか?

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